ノーベル賞を予測する引用分析&物理学が切り開く未来

東京大学教授 十倉好紀氏 × トムソン・ロイター アナリスト デービッド・ペンドルベリー

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東京大学教授 十倉好紀氏 × トムソン・ロイター アナリスト デービッド・ペンドルベリー東京大学教授 十倉好紀氏 × トムソン・ロイター アナリスト デービッド・ペンドルベリー対談 ノーベル賞を予測する引用分析&物理学が切り開く未来

トムソン・ロイターは、毎年、同社の学術文献引用データベースを基に社会に最も貢献したと考えられる研究者をノーベル賞候補者として発表している。今回は、その分析を手掛ける同社アナリスト、デービッド・ペンドルベリーと、2002年に彼がノーベル賞候補として挙げた、強相関電子酸化物の先駆である東京大学大学院十倉好紀教授との対談が実現。ペンドルベリーが十倉教授をノーベル賞有力候補(トムソン・ロイター引用栄誉賞)に選んだ根拠を説明するとともに、十倉教授が自身の最新の研究について語った。

ノーベル賞候補は、どうやって予測するのか?

—2002年に我々は、十倉教授を「強相関電子系」の権威としてノーベル賞候補に選定しました。今回は、その予測がどのような根拠に基づいていたのかをお話します。教授は「ScienceWatch」というニュースレターをご存知ですか?

ScienceWatch.com
※ Science Watch.com

十倉教授…ええ、ウェブサイトもありますね。

—科学分野における影響力の高い論文や著者を紹介する弊社のニュース媒体です。我々は、1990年創刊当時より、そこで「物理学」「化学」「医学」「生物学」の各分野における高被引用論文トップ10ランキングを発表してきました。

その後、「被引用数」の研究を重ねていく中で、十倉教授の論文のように出版後すぐにランキングに載り、最初から引用数が極端に高いホットペーパーは、時間を追うごとにますます引用されていく可能性が高い。そして、このような上昇はノーベル賞クラスの指標として考えられる、という結論に至ったのです。

十倉教授…なるほど。

—この指標を基にノーベル賞予測を始めたところ、高い確率で的中することがわかりました。これを受けて、2002年より「医学/生理学」「化学」「物理学」「経済学」のノーベル各賞の候補者を、独自調査のもとに定期的に発表し始めたのです。その的中率は8年間で92名中11名。超能力でないかと疑う人もいましたが、実は、そこには確かな裏付けがあります。教授は、Web of Science Core Collectionをお使いになったことは?

十倉教授…ほぼ毎日使っています。まず、新素材や新しいパラメーターを探すため。それから、私は常に新しい分野に挑戦したいと考えているのですが、専門外になると良質な文献を探すのに苦労することがあります。そんな時、Web of Science Core Collection は重要な論文を探し出すのに大変便利です。また、共同研究者などの人材を探す時もありますよ。各研究者の正確な情報が即座に入手できますから。

—光栄です。ノーベル賞はしばしば20〜30年前の研究に贈られますが、Web of Science Core Collection は科学界における最新動向とともに過去100年以上に遡って重要な研究を網羅していますので、各研究者の貢献度を包括的に調べることができます。

十倉教授…具体的に、どのような手順を踏んで候補者を選ぶのですか?

—出発点は「被引用数」です。過去30年以上にわたる総被引用数、論文ごとの被引用数など、複数の指標を用いながら「各分野で上位0.1%に相当する研究者」という最小単位のグループに絞り込んでいきます。
その後、当該研究者に関して、どのような科学的発見を成したのか、それは根本的な発見か、専門分野における貢献度、ノーベル賞以外の受賞歴や、学協会での地位や所属歴なども考慮して候補者を予測します。

2009年、我々が予測したElizabeth H. Blackburn(エリザベス・ブラックバーン)氏がノーベル医学・生理学賞を受賞しました。以前にも、高被引用著者としてScienceWatchで取り上げた人物が受賞するケースが度々あり、つまり、被引用数による分析はノーベル賞を取った人、もしくは取るであろう研究者を識別できる、というのが我々の結論となったのです。

なぜ、十倉教授がノーベル賞候補に選ばれたのか?

—それでは、なぜ十倉教授を候補として選出したのか、その根拠を説明します。2002年は我々が予測を定期的に発表し始めた年ですが、十倉教授は、我々が満場一致で選んだ最初の研究者のひとりでした。

過去20年以上における学術論文の被引用数に基づいて調査したところ、教授は、「物理学分野の上位0.1%にランクする研究者」だったのです。
その中でも、主なノーベル賞の対象領域における総被引用数が非常に高く、ハイインパクト論文(物理学分野の最も引用されたトップ200論文)も複数ありました。弊社が作成している リサーチ・フロント(最先端研究領域クラスター)に含まれる論文もあり、被引用数の時系列変化を観察しても、物理学に多大な貢献をしているということがわかりました。

このように複合的観点からの被引用数で絞り込んだ後、発見の重要性やまわりの研究者からの評価を加味し、ノーベル賞受賞者にふさわしいと判断したのです。

十倉教授…なるほど、よく理解できました。ありがとうございます。

物理学の世界的リーダー、十倉教授の未来への挑戦

—では、これより教授の研究に関するお話を聞かせください。

教授は、実際にこれまで強相関電子系の系統的・開拓的研究を行い、高温超伝導体の基本電子相図の解明、電子型高温超電導体の発見、巨大磁気抵抗酸化物の発見とその電子論的機構の解明など、世界的に傑出した業績を挙げています。

その影響力を、引用の観点から見たいと考え、リストを持ってきました。
こちらが教授の高被引用論文リストですが……

十倉教授のResearcherID情報

十倉教授…いちばん引用されているのは総説論文ですね。2番目の論文「酸化物巨大磁気抵抗の発見と機構解明」は、ある酸化物の磁気抵抗研究の基盤に関するものです。

—そして、3番目が、世界に絶大なインパクトを与えた「電子型高温超伝導体」の論文ですね。教授は、超伝導体がすばらしい「強相関電子系」だと説明していますが、強相関電子材料に関して一般的に分かりやすい例はありますか?

十倉教授…遷移金属化合物はよい例です。銅だけでなく非金属不導体遷移を示す鉄や酸化マンガンもそうです。また、もう一つのよい例に、いわゆる巨大磁気抵抗を示すマンガン物質があります。この磁気抵抗は金属多層膜における現象と関係があるのですが、中身は異なります。

—教授は、多くの電子はほぼ捕捉された局在化状態だと仰いましたが?

十倉教授…ええ、固定されています。実際は、電子は固体の中で波のように行動することができますが、相互作用により電子を止めることができるのは電子だけで、その動きはほぼ凍結されています。それが相関電子の重要な点です。例えば酸化銅の場合(高温超伝導体という意味ですが)、このような凍結電子または絶縁体が金属に変化したら、すぐにハイテク超伝導体になりますが、他の化合物では強磁性の金属となります。結果は違いますが、背景は固体の中での電子の溶解を通じた類似の現象で、大体の特性における基本概念も共通しています。

—教授はいずれの化合物の研究にも大変意欲を持って取り組んでおられますね。ところで、強相関電子プロジェクトにおける日本政府の方針は?

十倉教授

十倉教授…私も、最近目的を明確化したばかりですが、おそらくこのプロジェクトは科学の世界において我々の夢を実現する重要な役割を担っているのではないか、と考えています。宇宙の根本的本質を知るといった大きなことではないですが、私たちは固体の中での驚くべき型破りな作用を理解しようと努めています。言い換えれば、半導体電子工学のような狭い見方ではない新しい電子工学の発展。これが実現するなら、我々の日常に進化が訪れるかもしれない。それは物理学での研究によってしか成し得ないと考えています。

—それは、物質における物理学ですね。

十倉教授…ええ、私の目標は凝縮系科学における半ば不可能を実現する物理学かもしれません。それによって、テクノロジーの革新へと導かれていく。そう考えると、我々は根本的な問題に狙いを定めているということになりますね。新しい概念だけが革命を導くということになる。

—今、磁場の観点から、それぞれの光学特性の中で物質を変化させるという魔法のような話をしています。他の力にさらされた時、物質を実際どのように変化させることができるのか教えていただけませんか?

十倉教授…例えば、超巨大磁気抵抗を小さな磁場に置きます。すると、完全な絶縁性セラミックスが、突如金属に変わる。錬金術のようなものです。高温超伝導体も同じで、もともとは完全に絶縁の物質を変化させます。すなわち、ごくわずかな組成のみを変えるだけで金属になる。

ですから、時に、相関電子物質は驚くべき機能を生み出すことができるのです。実は、私の一番好きな言葉は「物質における創発性(emergence)」なんです。たくさんの独立した要素がくっつくだけで驚くべき成果が生み出される。

—系全体が個々の特性を持つと言われている量子効果のことですか?

十倉教授…ええ、フィリップ・アンダーソン氏(注1)の”More is different”という言葉でほとんどのことは説明されていますが。もしかしたら、個別のものや物質特性の全体は、化合物の個々の和では説明できないのかもしれない、と。

デービッド・ペンドルベリー

—すると、これらの物質を使った新しいコンピューティングとその転換という非常に興味深い可能性に繋がりますよね。

十倉教授…その通りです。

—40ナノメーター間のエリアで何百万の電子を持つ事ができると教授が仰っていたのを以前に拝見しました。これは、40ナノメーターのグリッド間で全体をメカニズムとして見なしているということですね。

十倉教授…はい。我々の目標の一つは数値。室温で働く高温超伝導体は我々の夢ですが、実際の室温で超伝導体を利用するには400 ケルビンが必要です。もちろん、液体窒素を使えば、どんな電源供給ラインも作れますが、それは難しい。もう一つのケースは、熱電材料を考えた場合です。電力を熱から直接変換する、もしくは電流を使うことにより物質を冷蔵することが可能となります。コンプレッサーを使った現在のエアコンは19世紀の熱力学の応用です。もし直に電力を冷却機能に変換できるのなら、それは画期的な発明です。現在は、熱性能指数が1.3なのですが、もしこの値が3または4を上回ったら、すべてのコンプレッサーは熱電材料に切り替わるでしょう。
あるいは太陽電池。現在の効率は10%、産業利用には40%は必要です。

—なるほど、40%の太陽光効率ですか。

十倉教授…ええ。今は、夢のようなことだと思っていますが、通常、シリコンに光を当てると電子と正孔から出てきます。正孔は電子の正電荷です。そして、それらは電界を構築することによってお互いに分離します。この原理で、太陽光線の吸収により電流を作ることができますが、これらの相関物質を使うことで、一つの光量子が現れ、半導体もしくは不導体が突如金属に変化するといった金属状態のようなものを得ます。

エネルギー保持の役割を考えなくてはなりませんが、たくさんの電子を作ることができる。そして、それを抽出すると非常に有効な太陽電池が得られます。

—それは、とても新しい概念ですね。

十倉教授…ええ。最近は、いくつかの半導体の量子ドットを使い多重キャリヤーを作りますが、我々はその概念をバルク材料に広げたんです。

—そして、今、それに取り組んでいらっしゃる。

十倉教授…ええ。おそらく10年かかりますが。

—そして、ようやく電池貯蔵についてですね。

十倉教授…ああ、これは本当に私の夢なのですが……100キログラム当たりのワット・アワーが、現在の最先端技術における電池の最高の能力です。それを、もし3倍から4倍に増やせたら、モバイル・コンピューティング社会、モバイルIT社会は完全に変わるでしょう。現在の電気化学は本当に古典的です。我々はその基本概念をもっと進んだ量子技術に改革できるのではないかと考えているのです。

—非常に興味深い。このスピン超構造プロジェクトでの教授の取り組みは、量子効果の研究の延長ですよね。

十倉教授…ええ。超低エネルギー消費の電子工学に関係しているんです。電力の観点からいうと、電流ではなく電場だけではエネルギーを使わない。しかし、回路に接続すれば通常は消耗があり、電流を使わなければなりません。すなわち、もし電場だけで磁化を変えることができるなら、メモリースイッチになります。今のところ50年以上も前にこの研究結果が報告されているのですが、その効果は、実際のどんな装置に適用するにも小さすぎるので、我々はまったく違う観点からその方法を導入したのです。

ReseracherID検索入力画面
※ ReseracherIDでは、研究者名、機関名、キーワードから研究者情報を検索することができる


—なるほど、いずれも、大変素晴らしい取り組みです。

十倉教授…ありがとう。我々はいつも、成功しているとは決していえない状況下でもがいている。それでも、無限の可能性を追求することが発展に繋がると信じています。

—成功をお祈りします。最後に、昨年日本でも普及し始めたResearcherIDはいかがですか? 発展計画としてResearcherIDでWeb of Science Core Collection を検索できるようになる試みも進んでいますが。

十倉教授…便利だと思います。検索性が高まり、研究者視点では発表の場としても使える。我々も研究者も情報発信力が問われる時代になってきましたから。

—本当に、そうですね。我々も、これからも研究の発展に貢献できるよう尽力していきます。今日は本当に貴重なお時間をありがとうございます。



注1:フィリップ・アンダーソン氏はアメリカの物理学者で1977年ノーベル物理学賞を受賞。専門は物性物理学。

(2010年3月掲載)


十倉 好紀(とくら よしのり)氏

略歴

1976年 03月 - 東京大学工学部物理工学科 卒業
1981年 03月 - 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 博士課程修了 工学博士
1981年 04月 - 東京大学工学部物理工学科 助手
1984年 08月 - 東京大学工学部物理工学科 講師
1986年 07月 - 東京大学理学部物理学科 助教授
1993年 07月 - 2002年 03月 アトムテクノロジー研究体 グループリーダー、後フィールドリーダー(併任)
1994年 01月 - 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授
1995年 04月 - 現在 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授
2001年 04月 - 2008年 03月 産業技術総合研究所 強相関電子技術研究センター センター長(併任)
2001年 10月 - 2006年 09月 ERATO「十倉スピン超構造プロジェクト」総括責任者(併任)
2006年 10月 - 現在 ERATO「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」総括責任者(併任)
2007年 10月 - 現在 理化学研究所 交差相関物性科学研究グループ グループディレクター(併任)
2008年 04月 - 現在 産業技術総合研究所 フェロー

研究業績内容

光物性研究で、1次元励起子構造の解明、光誘起相転移現象の発見、有機リラクサー強誘電体の合成。強相関電子系関連では、電子型高温超伝導体の発見、高温超伝導物質の一般則の発見とその応用、フィリング制御モット転移系の物性研究、酸化物巨大磁気抵抗(CMR)効果の発見と機構解明、軌道秩序と軌道液晶状態の発見、1次元モット絶縁体の巨大非線形光学効果の発見、マルチフェロイックスの巨大電気磁気効果の発見など。既発表論文はNature及びNature関連誌24編、Science誌17編、Phys.Rev.Lett.誌137編、他を含む。

1990年 仁科記念賞「電子型高温超伝導体の発見」
1990年 IBM科学賞「高温超伝導物質の一般則の発見」
1991年 Bernd Matthias Prize「高温超伝導体の普遍性の実証」
1998年 日産科学賞「酸化物巨大磁気抵抗の発見と機構解明」
1999年 日本物理学会論文賞「Giant Magnetotransport Phenomena in Filling-Controlled Kondo Lattice System」
2002年 朝日賞「強相関電子物質の研究」
2002年 ISI最高引用栄誉賞 (応用物理部門)
2003年 紫綬褒章 「物性物理学研究功績」
2005年 James C. MacGroddy Prize for New Materials「新しいスピン電荷秩序をもつ遷移金属酸化物の創製」


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