高機能 “人工らせん高分子”開発への挑戦

名古屋大学 大学院工学研究科 教授 八島栄次氏 × トムソン・ロイター 古林奈保子

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名古屋大学 大学院工学研究科 教授、八島栄次氏 × トムソン・ロイター 古林奈保子名古屋大学 大学院工学研究科 教授、八島栄次氏 × トムソン・ロイター 古林奈保子対談 高機能 “人工らせん高分子”開発への挑戦

バイオ、医療・医薬、材料科学など広範な応用に期待! 人工らせん高分子の可能性

精巧なアートのように美しいフォルムを描く「らせん」。いわゆる「らせん階段」など建築に用いられているこの構造は、植物の蔓や動物の角、竜巻など、自然界にも多く存在する。中でも最も高い機能を有しているのが、生物の遺伝情報をつかさどるDNAだ。その美しさと可能性に魅了された「らせん高分子」分野の第一人者、八島栄次名古屋大学教授は、早い段階から、DNAなど生体高分子が持つ可能性を人工的ならせん高分子で発現する試みに着手。戦略的創造研究推進事業さきがけのプロジェクトを皮切りに次々と研究を進め、「分子認識」と「触媒作用」が可能ならせん高分子を生みだすことに成功した。目下、最大の課題は生体が有する「自己複製」機能を持つ人工二重らせんを創りだすこと。そんな八島氏の研究は、材料科学やバイオ、医療・医薬など幅広い分野から注目を集め、2012年のトムソン・ロイター リサーチフロントアワードでは、2007年に続きニ度目の受賞となった。人工らせんの可能性に迫る八島氏に、その研究内容や大規模プロジェクトの運営について聞いた。

自ら、研究の「布教活動」に励む

—先端研究領域を特定する「リサーチフロントアワード」。2004年、2007年に続き3度目の発表となった2012年、「らせん構造制御を基盤とする機能性高分子の開発」という先生のご研究が前回に引き継いで二度目のアワード受賞となりました。選考には、その分野で被引用数が上位1%であり、のちの論文から広く共引用(編集注:のちに発表された論文に一緒に引用されること)されるという条件を満たしている必要があります。さらに今回は、ホットペーパーという条件も加味されました。ホットペーパーとは、過去2年間の論文の中で直近2カ月の引用が急激に伸びているものを指します。八島先生のご研究が前回に続きリサーチフロントに選ばれたのは、最近、また大きな発見があったということなのでしょうか?

八島氏…新発見というより、米国化学会の「Chemical Reviews誌」に書いたレビューが、かなり引用されたのが要因じゃないでしょうか。ERATOが終わった2007年以降も比較的大きなプロジェクトをやっていたので、論文数が増え、少しずつ知られるようになったのかもしれません。僕は2007年くらいから研究の「布教活動」をしています。いくら特定分野で有名でも、ほんの一握りの凄い人を除いて、分野が変われば殆ど知られていませんからね。ノーベル化学賞を受賞された野依良治先生にも、「日本人の研究者は論文をいい雑誌に書いたらそれで認められると思っているが、それは違う。海外の学会や大学のセミナーに行き、実際に会って説明しなくてはいけない」といつも言われていました。実際、ある国際会議にいったとき、近くの大学に寄ってみました。すると、同じ高分子の材料をやっている人々ですら僕のことを知りませんでした。それをきっかけに、なにかあるたび近くの大学にも足を運び、らせんの魅力を布教して回るようにしています。熱意を多くの人に伝える。そうすることでやっと、「こういう面白いことをやっている研究者が日本にいる」と理解されるのです。そんな地道な活動も関係あるかもしれません。

—なるほど。それにしても、リサーチフロントアワードに、同じ研究チームがニ度続けて選ばれるということは初めてで、私どもも驚きました。

八島氏…有り難いことです。リサーチフロントアワード2012を受賞された前田勝浩先生(金沢大学)をはじめ、良い共同研究者に恵まれた結果だと思います。今年、イギリス化学会誌(Chemical Communications)で「キラリティ」(編集注:3次元の図形や物体や現象が、その鏡像と重ね合わすことができない性質のこと)の特集を組み(http://pubs.rsc.org/en/journals/journalissues/cc#!themedissues)、論文を募集したところ、予想以上の数の投稿がありました。キラリティはとても広い領域で、その中のひとつが「らせん」ですが、その中で、らせんに関する研究が非常に目立っていました。特に日本人研究者によるものが多かったです。そういうこともあり、日本における「らせん」をはじめ、「キラリティ」という分野の裾野は、ここ5年くらいで確実に広がったという実感はあります。

「らせん」の研究とは?

—先生が長年探求されている「らせん」とは、どのようなご研究なのでしょうか?

Helical Architectures

八島氏…簡単に言うと、自然界にある優れたらせん構造の高分子を人工的に創りだそうという研究です。DNAやタンパク質など、生体高分子の持つ最も基本的かつ高機能ならせんに着目し、その制御とはたらきを化学的手法にのっとって解明していく。そして、生体が有するような「分子認識能」や「触媒機能」、「複製」という機能を合わせもつ「人工二重らせん」を創りだすことが現在の課題です。

—らせん研究の歴史は古いのですか?

八島氏…はい、1950年代からだと思います。はじまりは、①たんぱく質のαヘリックス ②二重らせんのDNA そして③ポリプロピレンのらせん という異なる高分子の二次構造がほぼ同時期に明らかになったことです。ノーベル化学賞を受賞したGiulio Natta教授が、1955年、ビニルポリマーでも立体規則性を制御すれば、らせんを構築できることを発見しました。これは大きな発見でしたが、そのらせんも溶液にするとほどけて、形を保てなかったのです。この段階では、まだDNAやたんぱく質などのらせんの構造を人工的に作るのは難しいと考えられていました。

その後、1979年、僕の恩師である高分子化学者の岡本佳男先生が、嵩高い側鎖を有するビニルモノマーを重合し、互いの立体障害により主鎖を硬くするという手法で安定ならせん構造を持つ高分子を初めて合成しました。さらに、野依先生らが開発した不斉合成という手法(編集注:光学異性体の一方を化学合成すること)をこの重合反応に応用したところ、完全に一方向のらせんを合成することに世界で初めて成功。これがブレイクスルーとなり、らせんの研究が一気に世界に広がりました。その後、岡本先生は、このらせん高分子を高速液体クロマトグラフィー用のキラル固定相として用いることで様々な鏡像異性体を効率良く分離できることを発見したのです。いわゆる「光学分割クロマトグラフィー」といわれるもので、これをもとにダイセル化学工業と共同研究し、世界初のらせん高分子からなる光学分割カラムを開発。実際に製品化され、今でも販売されています。

岡本先生は、その後もこの研究を続けられ、84年にはアミロースやセルロースなど天然の多糖類がより優れた光学分割の材料になることを発見しました。そのカラムもやはり市販されるようになり、現在、医薬の開発などに欠かせないツールとして世界シェアの7割以上を占めています。不斉合成をやっている研究者は、皆岡本先生のカラムを使っていると言っても過言ではありません。

挫折の先にあった、「らせん」への道

—先生が、らせんの研究の道を選んだきっかけはなんでしたか。

八島氏…もともと僕は建築志望でした。子供の頃は、クロッキーやデッサンが好きで、しょっちゅう人の似顔絵を描いたりしていました。ところが受験に失敗し、諦めて化学の道を歩みはじめたんです。今となっては、建築と化学は美しいものをデザインして創り上げるという意味で非常によく似ている。そして、最も美しいものは、やはり「らせん」です。これは、どう見ても、誰がなんと言おうと間違いない。

—らせんを極めたくて、岡本先生の研究室を専攻されたのですか?

Direct Observations of Helical Structures by AFM

八島氏…いえ、僕がらせんと出合ったのは、岡本先生の研究室に入ってからです。最初は全く違う有機の研究室を第一志望にしていました。今もそうですが、学生が研究室を選ぶとき、その先生がどれだけ面白い研究をしているかというのは全く関係がないんです。僕もよく知らず、あみだくじで負け、さらにじゃんけんでも負けて、たまたま残っていた岡本先生のおられた結城研究室にいくことになりました。結城研究室は厳しいと有名で、誰も行きたがらなかったんです。それがこの道に繋がっていたのですから、人生分からないものです。

—先生は、岡本先生の研究室に入ってから、ずっとらせんの研究をされてきたのですか?

八島氏…研究者は、あるタイミングでテーマをがらりと変える人が多いです。僕の場合も、大学院を中退して、鹿児島大学工学部応用化学科で5年間助手をしていた間は一切らせんの研究をしませんでした。宮内・明石研究室で高分子医薬の研究をしていて、医学部の人と共同研究し、高分子に抗がん剤をくっつけて、ガンを植え付けたマウスのお腹にそれを注射してどれだけ寿命が伸びるか。そんな研究をしていましたね。

留学が気づかせてくれた化学の醍醐味

—一度研究の畑を変え、その後、らせんに戻るきっかけとなったのは?

八島氏…決定的だったのは、1988年から1年間アメリカに渡ったことです。博士の学位を取得後、全く違う研究がしたくて、マサチューセッツ大学に博士研究員として赴きました。David A. Tirrell教授という遺伝子工学の教授に師事したのですが、彼は、もともと化学の高分子をやっていたんです。しかし突然テーマを変え、遺伝子組み替え技術を使って大腸菌に単純な繰り返しからなるポリペプチドを作らせるという誰も試みなかったプロジェクトに取り組んでいました。やり方は至って簡単。ポリペプチドに相当するDNAを合成し、大腸菌に組み入れるだけ。DNAの情報がメッセンジャーRNA(mRNA)に転写され、それがリボソームでポリペプチドに変換されるという方法です。アラニン、グリシン、アラニン、グリシン、アラニン、グリシン、プロリン、グルタミン酸、グリシンという9つのアミノ酸のシークエンスがずっと連続で繋がっている。恐らく、こんな単純なペプチドを大腸菌に作らせた人はそれまでいなかったでしょう。僕は、遺伝子組換えの研究をしたかったのに、ポリペプチドの化学合成をしてくれと言われ、とにかくアラニン100g、グリシン100gを買い込み、毎日毎日一個ずつ繋いでいました。最初の半年は成果が出ませんでしたが、半年後に初めて目的のポリペプチドが化学合成できました。ちょうどクリスマスイブの出来事でした。ただ、このときは大腸菌が発現しなかった。生き物には自己防衛本能があり、外部から遺伝子を導入しても簡単には発現しないのです。そこから遺伝子チームがさらに改良を繰り返し、帰国間際に漸く大腸菌がポリペプチドを作り始めました。驚いたことに、最初は目に見えないほど少ない量(ナノグラム)だったのに、培養を繰り返すことで、大腸菌がみるみる増殖し、翌日には数十ng、さらに翌週には1mg、一月後には1gのポリペプチドを生産しました。この時は、どうあがいても自然にはかなわないと思いました。化学合成では減る一方なのに、遺伝子を使った合成、つまり自然は、いったん発現すればどんどん増えていく。生体とは凄いものです。しかし、自然が勝手にやっているこれらひとつひとつのプロセスは全て化学反応の積み重ねでもあります。色々な酵素がそれぞれに役割分担し仕事をしている。魔法ではない以上、化学で実現できないことはない。自然と同等に競うのではなく、生体が作れなかった物を作る、生体ができなかった機能を引き出す。そこに化学の醍醐味があります。

One-Handed Double & Triple Helices

アメリカでの1年間で遺伝子工学を学び、生体の凄さに圧倒され、生半可では勝てないなと感じたのです。では、どうしていけば自分の研究を少しでも面白くできるか。探求していった結果、「化学の力でDNAのような分子を作り、機能を発現させる」という今の道、つまりらせん高分子に辿り着きました。

—さまざまな研究分野に着手し、アメリカ留学をしたからこそ、開けた道なんですね。最近、遺伝子工学から影響をうけた研究が非常に注目されています。Web of Science Core Collection でもその広がりが読み取れます。

八島氏…らせん高分子も、有機や超分子、あるいはバイオや分析でも活用できる可能性をおそらく秘めていると思います。絶対値は多くないですが、分野の数が多く裾野が広いんです。

引用情報が人事評価の指数に

八島氏のホームページ

八島氏のホームページ

八島氏…ところで、僕は人事のときにWeb of Science Core Collection を良く使いますが、知りたい研究者を検索すると、一般的な名字の場合、イニシャルなど表記が同じ人が多すぎて対象者を絞りきれないことがあります。なぜフルネームではできないんですか?

—2007年からはフルネームでデータを入れるようになりました。ただ、ジャーナルによってはそのジャーナルの規定でイニシャルしか入れないものもあったりして、その場合はジャーナルの表記に準じます。

八島氏…なるほど。業績評価する場合、その人のHPにいき、業績リストをチェックするのですが、エッセンスだけ抽出している場合もあり意外とあてにならないんです。そこで、必ずWeb of Science Core Collection で調べるようにしています。しかしそこでも、田中や鈴木など多い名字だと特定のしようがない。だから、どこかのタイミングでResearcherID を全員必須にしたらいいと思います。いったん作ってしまえば、同姓同名の紛らわしさもなく、自分だけの研究リストが常に表示できるでしょう。僕は“yashima e*”が自分の分野に1人しかいないので今のところ問題ないですが、ResearcherIDをHPに載せておけば、個人の業績情報を正確に発信できます。若い人や今後昇進してどこかに行かれるという方にはResearcherIDはお薦めでしょうね。

八島氏のResearcherID

八島氏のResearcherID

—ResearcherIDの理想的な使い方だと思います。先生のミッションには人事も含まれているのですね?

八島氏…ええ、教室や研究室に新しい人を入れる場合、トップダウンで決めることが結構多いのです。その場合、実際どういう論文を出し、どれだけ引用されているかを調べる術は、今のところWeb of Science Core Collectionしかないですね。

—引用が人事評価に使われることに否定的な風潮もありますか?

八島氏…確かに、引用を評価する人としない人に分かれます。しかし、ひとつの指標になることは間違いない。僕も被引用数だけを見て議論することはしません。どれだけの論文がどういうジャーナルに掲載されたか、それからその人の仕事の全体像を見ます。いちばん重要なのは論文の数と質。もちろんすごく引用されている論文があれば、それはそれでポジティブに捉えます。

—色々な情報を加味して決定するということですか?

八島氏…要するに、その人が過去10年どれだけアクティブに仕事をしてきたかです。僕らの化学分野では「ウォッチする」という言い方を良くしますが、そういう視点ですね。今は公募制になっているので、論文リストと被引用数の提出はほぼ必須で、何月何日時点のWeb of Science Core Collection、というのがスタンダードです。

—論文を投稿するジャーナルを選ぶ際、インパクトファクターを参考にされますか?

八島氏…論文をインパクトファクターの高いジャーナルに出せば、被引用数が増えるのはある意味当たり前です。一方で、ノーベル賞を受賞された白川英樹先生の場合、当時あまりメジャーとは言い難い「JOURNAL OF THE CHEMICAL SOCIETY-CHEMICAL COMMUNICATIONS」や「JOURNAL OF POLYMER SCIENCE PART A-POLYMER CHEMISTRY」などに1977年に出された論文が1,000回以上も引用されています。つまり、ジャーナルとは無関係にインパクトのある仕事をしていれば誰もが引用する。これも間違いありません。

—トムソン・ロイターが提供しているInCites という研究評価ツールに、先生のおっしゃる概念が少し視点を変えて含まれています。主に研究評価や研究支援を担当する方のためのデータですが、研究機関の生産性を分析し、世界中の競合機関と比較した研究業績をベンチマーク評価するツールです。先生の論文データを分析すると、各雑誌の平均を1としたとき、先生の論文を全て平均すると1.5という数値が算出されました。これは、先生がNATUREに論文を出された時の被引用数が、NATUREの期待値を1.5倍超えているという考え方です。分野でも同じように分析でき、その分野の平均値を1としたとき、先生は2.26倍引用されているというデータが出ました。

InCitesで見る八島氏の論文実績

InCitesで見る八島氏の論文実績

八島氏…なるほど、分かりやすいですね。例えば医学と化学など、分野を超えて比較したい場合に、いい方法はないですか? 自分の領域ならある程度のことは分かるのですが、ジャンルが違うとジャーナルの評価ひとつも変わってくるので、平等な評価が難しいんです。

—確かに、数学と化学を一緒に評価することは難しいですが、InCitesの分析がお役にたつと思います。これは八島先生の業績一覧です。例えば、岡本先生と共著されているこちらの論文ですが、これは雑誌に対する期待値の234倍。1998年に出版されたChemistry, Multidisplinaryでのレビュー論文の期待値に対し、1.89倍なんですね。分野の期待値に対しては107倍にもなります。このように、論文一報一報がそのジャーナルの期待値に対してどうか、その分野の期待値に対してどうか、という判断ができるようになっていて、これにより、大学としては、数学の研究者と医学の研究者とを公平に比較できます。

InCitesは分野を超えた判断基準にも

InCitesは分野を超えた判断基準にも

八島氏…なるほど、違うジャンルを同じまな板にのせられるんですね、これはいい。

InCitesから見た日本の化学の現状

—Web of Science Core Collection は、論文が何回引用されているかが分かるデータベースですが、それをジャーナルごとに分けて見られるのがインパクトファクターを提供しているJournal Citation Reports(JCR)、機関や国別に評価できるのがInCitesなんです。InCitesでの分析データの事例がこちらにあります。世界における日本の化学の現状を論文数で示したものですが、横ばいというか、少しずつ落ちてきていますね。なにか原因があるのでしょうか?

InCitesによる「化学」分野の論文数の国別比較

InCitesによる「化学」分野の論文数の国別比較

八島氏…グローバルCOEや博士課程教育リーディングプログラムなど、この3、4年で大学の教員は皆、非常に忙しくなってきているので、絶対値として論文の数が減っているのでしょう。

—なるほど。逆に、中国が論文の数ですが、アメリカを抜いて1位と目覚ましい勢いです。こちらは、世界の化学の平均を1としたとき、日本の平均被引用数が上か下かという分析です。やはりアメリカが圧倒的ですが、日本も徐々に質が上がってきているのが分かります。

平均値を1とした時の「化学」分野の国別比較

平均値を1とした時の「化学」分野の国別比較

八島氏…なるほど、それでもこの程度なんですね。もう少し高いと思っていました。多分、日本のジャーナルのインパクトファクターが低いのも理由のひとつですね。

—それはあります。日本のジャーナルは、どうしても引用されにくいですから。ちなみに、これはさらに細分化した分析資料ですが、論文数では、日本では、物理化学がいちばん多く、次は、有機化学、ポリマーサイエンスと続きます。

「化学」をさらに細分化した論文数の推移

「化学」をさらに細分化した論文数の推移

八島氏…面白いですね。有機は確かに日本がもともと伝統的に強いです。外国の方は、日本の有機の教授の多さによく驚かれます。創薬の業界が変革期を迎えている今、大学で関連研究をしているところの人数と予算が減ってきていると聞いています。欧米圏では今はバイオがトレンドで、ケミカルバイオリジーやバイオロジカルケミストリー、バイオマテリアルなどの分野に資金をつぎ込まれているようです。

—その分野では、日本は遅れているのでしょうか?

八島氏…難しいところですが、ノーベル賞受賞者の数が裏付けるように、有機合成は日本の強みなので、世界でも例外的に盛んという見方もできます。アメリカでは、高分子は企業で研究されるもので大学に高分子学科があるのは日本だけでしょうね。「ものづくり」という観点から高分子も有機も同じでしょうが、日本は合成が強いんです。その分、応用や機能、物性などが少し遅れているような気がします。そのカギは共同研究にあると思います。欧米では、いい論文は共同研究なしには成り立たなくなってきています。作って、測って、実際に患者さんに届けるところまでを協働で完結している。

—共同研究とは、違う領域と協働することですね?

八島氏…そうです。例えば僕がモノを作り、これがガンに効くか試してくださいとか、この物性がどれだけ強いかを調べてくださいとか、同じ学科や教室の誰かに渡す。こういう連携を海外では当たり前のようやっています。日本と海外の違いは、講座制と部局だと思います。日本は講座制で、教授、准教授、助教、助手、秘書さん、ポスドク、学生とひとつの大きな城がある。翻って、欧米は准教授も助教も皆個人なので助け合わないと話にならない。装置も日本は同じものをそれぞれ別に所有していますが、欧米は大きいものを皆が共有で使う。よりよい設備を皆で共同利用しているわけです。勿論、講座制のメリットも数多くありますが。

—日本は全体的に共同研究が少ないと言われていますが、先生も、もっと増やしたいですか?

八島氏…増やすべきでしょうね。少なくとも、日本人同士でもっと増やさないといけないと思います。そうすれば、もっと早い展開で、より実りある研究に繋がっていく可能性が高まるでしょう。

—先生、「グローバル・リサーチ・リポート」をご覧になったことはありますか? トムソン・ロイターが定期的に出しているリポートで、Web of Science Core Collection をもとに、その国や地域における科学研究、共同研究の推移、ならびに世界の科学研究に占める地位などをまとめたものです。

八島氏…これは、HPで拝見しました。トムソン・ロイターは日本の大学の引用ランキングなども出されていますね。あれは1人当たりではなく研究機関の総数でみた順位付けで、規模が大きいほど有利になっていますよね。名古屋大学は1人当たりの論文数にしたら負けていないので、文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」が出しているデータを教員当たりで割ってほかの大学と比較したりします。

—なるほど、ご活用頂けて嬉しいです。「グローバル・リサーチ・リポート」のデータでも中国は論文数・引用数ともに急速な伸びを見せています。先生は中国のいくつかの大学の客員教授でもいらっしゃいますね。授業に対する姿勢は日本の学生と違いますか?

国別論文数の年次比較 出典:グローバル・リサーチ・リポート:日本

国別論文数の年次比較  出典:グローバル・リサーチ・リポート:日本

八島氏…とにかく中国の学生はアグレッシブですね。日本も戦後はあんなだったんだろうと思います。目をキラキラさせて、皆もの凄く真剣です。早朝から英語の勉強をし、講演が終わった後も質問攻めに合います。特に、地方に行けばいくほどそう感じますね。

八島流! 予算やプロジェクトを獲得するコツとは!?

—そのハングリーさは日本の学生も見習わないと、ますます差を付けられそうですね。先生は、さきがけ、ERATOなど、数々の大規模プロジェクトを手掛けられています。「八島先生はご自分でプロジェクトや予算を取ってくる、お手本のような研究者だ」と大学関係者の方々に伺ったのですが、コツなどはありますか?

八島栄次氏

八島氏…いえいえ、そんなことはありません。僕も、最初の頃は本当に苦労しました。1998年に名古屋大学工学部応用化学科の教授になりましたが、その当時は若くして教授にさせてもらったので、お金も設備もなにもなかった。どうしたらいいんだろうと真剣に悩みました。そのとき独立行政法人科学技術振興機構(JST)の「戦略的創造研究推進事業さきがけ」というプロジェクトの公募があり、一字一句魂を込めて申請書を書きました。40人中、化学分野は6名。それにたまたま採択されたんです。そこでは本当に色々と勉強させてもらいました。そしてその時、初めて真剣にらせんをやろうと決めたんです。その後の研究も、順調そうに見えるかもしれませんが、特に秘訣があるというわけではないんです。

—その後、ERATOのプロジェクトを手掛けられました。

八島氏…ええ、ERATOは今と違って、トップダウンで上が選んで決めてくる方式でした。

—具体的に、どのように選抜されたんですか?

八島氏…ERATOを選ぶワーキンググループの専門家がJSTにいて、候補者の論文の引用データや受賞歴など様々な情報をもとに、各分野で200人ずつ、合計1000人程度のリストに絞る。そのリストを元に、さらに多くの研究者の声を反映させながら決定したと聞いています。実は、大阪大学の審良静男先生や東北大学の大野英男先生、東北大学の山本雅之先生(当時は筑波大学)らは、ERATOの同期で、そこで初めて出会いました。僕らの時代まではそんな選抜方法でしたが、翌年からは推薦による公募制になりました。

—ERATOに選ばれたと聞いたときは、プレッシャーもありましたか?

八島氏…ええ、嬉しさというよりプレッシャーの方が大きかったです。引き受けるかどうか、最後まで悩みました。ERATOは偉い人がやるイメージがありましたし、その時まだ若かった僕なんかがやっていいのかという気持ちでした。それで野依先生に相談したら、「それは絶対に外でやるように。大学の中でも研究はできるが、外でのびのびやりなさい」とアドバイスいただき、大学の外に拠点を構えて研究を進めることにしました。大きなプロジェクトに潤沢な資金をいただくと、ずば抜けて優秀な研究者との共同研究や設備も整えられ、結果として、やりがいのあるいい仕事ができます。それがいい循環となり、次の申請に繋がります。

研究者を支えるリサーチ・アドミニストレーターという存在

古林奈保子

—研究者の先生方は、学内の仕事が大変お忙しくても、研究をし、プロジェクトや予算も自分で取らなければならない。その事務手続きを助けるために、研究者を支えるリサーチ・アドミニストレーター(以下、URA)という役割に最近文科省から予算がでているようですね。名古屋大学にも発足したと伺いました。

八島氏…最近できたばかりですが、色々とお手伝いしていただいているようです。特に、個人や組織が対象の研究費に関しては、結構情報を持っておられます。だいぶ役に立っていると思いますが、実際のところ、多くの研究費に関しては、公募以前に既に知っている方もおられます。つまるところ、文科省や経済産業省とのパイプがないと、公募が始まってからでは遅い。半年~1年前には既に候補者(組織)が決まっているケースも少なくありません。プロジェクトや予算取りは、いわば情報戦略です。どう書類を書いてどう出すかではなく、こういう研究費が出そうですよという情報をどこで掴んでくるか。それがないと勝てないですね。

—そういう情報は主にどこで得るのですか?

八島氏…様々ですが、プロジェクトや予算を決める際には、国の検討会がよく開かれ、そこに大学の先生が参加したりします。ある意味、自分たちがプロジェクトを作っているようなものですから、いかに名古屋大学もその検討会に先生を送り込むか。送り込まないと勝てないです。

—そして、先生方が入手した情報をURAの方と共有するというプロセスになるのでしょうか。

八島氏…その通りですね。小耳に挟んだ情報をいち早くURAの方々に渡し、段取りをしてもらう。それが円滑に回れば、僕らもだいぶ楽になるし、スピードアップもするでしょう。

—それ以外に、URAに手助けして欲しい仕事というのはありますか?

八島氏…ひとつは入試ですが、こればかりは難しいでしょうし、我々の義務でもありますので。それ以外にも大学には様々な仕事があります。例えば8月はオープンキャンパスや高校生の受け入れ、安全に関する規則、就職の斡旋。これらも教授である僕らがやりますが、窓口までするのはかなり厳しい。そのほかにも、大学には驚くほど細かな仕事があります。

—どこの大学も同じような状況なのですか?

八島氏…日本の多くの大学の共有する問題点だと思います。皆気付いてきていて、会議を減らしてトップダウンにするなど対策を始めています。研究のほかにも、僕らは学生の教育に責任を持ち、育てていくという大切なミッションもあり、それ以外の仕事をいかに効率的にするかが重要かと思います。

ブックチャプターの引用状況も明らかに!

—そういった様々な仕事をされながら、世界に認められる研究を残してこられました。本当に大変なことだと思います。URAといった新しいポジションの人々のご協力で、少しでもご負担が軽くなるとよいですね。それからもうひとつ、トムソン・ロイターの新サービスでぜひ役立てていただきたいのが、専門書情報および引用データの検索を可能にする「Book Citation Index」です。これは、世界初の専門書の検索ツールです。このデータが先生のブックチャプターの引用数です。2006年にSpringerから出された「Dynamic Helical Structures: Detection and Amplification of Chirality」は、100回超も引用されていますね。Web of Science Core Collection に収録されている論文に117回引用されているほか、農学・生物学分野の論文データベースBIOSISからも18回、あとは中国のデータベース(Chinese Science Citation Database: CSCD)からも引用されています。

Book Citation Indexで見る八島氏の書籍(チャプター)の引用データ

Book Citation Indexで見る八島氏の書籍(チャプター)の引用データ

八島氏…Springer出版から出したこの本は、一般的な内容なので引用されやすいんでしょうね。それにしてもこのデータは面白いですね。ジャーナルのレビューは引用されやすいので書く気にもなるのですが、ブックチャプターはこれまで引用が分からなかったのでなかなか書くモチベーションが上がらなかった。eブックであれば、提出した順にチャプター単位でどんどんアップしてもらえるからまだいいのですが、プリント版は他のチャプターの著者と足並みを揃えて出版するので、20チャプターあれば、20人の著作物が揃うまで出版されず、本当に賞味期限が早かったのです。私も、退職するまでに、らせんの研究について本にまとめなくてはと考えているのですが、なかなか…。ですから、ブックのチャプターの引用状況が明らかになれば、研究者にとっては本を書く動機に繋がります。ちなみに、現在出版されているブックの何年くらい前まで遡って情報が入っているんですか?

—今のところ、2005年以降のブックが対象になっています。

八島氏…なるほど、方法は? チャプターではなく本そのものを引用している場合はどうなるのですか。

—Book Citation Indexは、基本的にはチャプターごとの被引用数を収録します。チャプターではなく本全体を引用している場合は、チャプターの数と全体の数が親子のような構造になっていて、ブック全体とチャプターごとの引用を足した数がデータベースに入ります。

八島氏…そうなるともの凄い被引用数の本も出てきますね。研究者にとっては、プレゼンの材料にもできるでしょう。

若い研究者へ、「貪欲な好奇心を持とう」

—先生方のよりよい研究のために少しでも貢献できるよう、広めていきたいと思います。最後に、日本の若手の学生さんや研究者へのメッセージをお願いします。

八島氏…やはり貪欲な好奇心でしょうね。最近の日本の学生は優秀ではありますが、とにかく大人しい。海外に出なくなったとよく言われますが、実際、名古屋大学のドクターも無条件に海外へいける土壌が整っていても行きたがらない。しかし、強引に行かせると最終的にはよかったと言って帰ってきます。言葉も通じない土地に行くのを怖いと感じているのかもしれませんが、研究で行くならば、英語が出来ないことは大きな問題になりません。

—日本の土壌が整ったから海外に出なくなったとも言われますが、その点はいかがですか?

八島氏…確かに、恵まれた環境も理由のひとつでしょう。僕らの頃はマッキントシュがまだ日本にありませんでした。アメリカで僕よりずっと大きな手をした外国人が、なぜこんなきれいな図を書けるのかと驚いたものです。当時は、向うで使ったマックのコンピューターなどを何人もの日本人研究者が担いで持って帰りました。その頃と比べたら日本の環境は整い、研究だけなら世界に出る必要はなくなったかもしれません。ですが、少し違うところで挑戦できるのであれば、そのチャンスを大切にすべきだと思います。また、海外に行く理由はなにも研究だけじゃありません。いちばん大切なのは、インターナショナルにコミュニティーを作り、人脈を広げることです。同じ釜の飯を食った連中というのは、いくら偉くなっても、例えノーベル賞を取ろうが仲間であることにかわりがない。それがなにより大事ではないでしょうか。

—先ほどの、「情報が早いものが勝つ」というお話とも繋がってきますね。

八島氏…ええ、今の学生は当たり前のようにインターネットや携帯電話を使っていて、情報は入ってくるものだと思っているようですが、結局のところ、必要な情報はこちらから選んで取りにいかなければ得られないものだと思います。

—先生、素晴らしいお話をありがとうございました。今後のご活躍も応援しております。

八島栄次氏と古林奈保子

(2012年11月掲載)


八島 栄次(やしま・えいじ)氏

プロフィール
1982年 大阪大学基礎工学部合成化学科卒業
1984年 大阪大学大学院基礎工学研究科化学系専攻前期課程修了
1986年 大阪大学大学院基礎工学研究科化学系専攻後期課程退学
1986年 鹿児島大学助手(工学部)
1988年 工学博士(大阪大学)
1988年 米国マサチューセッツ大学博士研究員(Prof. David A. Tirrell(現Caltech), 平成元年8月まで)
1991年 名古屋大学助手(工学部)
1992年 名古屋大学講師(工学部)
1995年 名古屋大学助教授(工学部)
1998年 名古屋大学教授(大学院工学研究科)
1998年 名古屋大学高等研究院教授を併任(平成19 年3月まで)

この間、平成10年10月から3年間、科学技術振興財団さきがけ研究21「形とはたらき」研究員を兼任。
平成14年11月から科学技術振興事業団・戦略的創造研究推進事業(ERATO)「八島超構造らせん高分子プロジェクト」研究統括を兼任。

主な受賞歴
2000年 Wiley 高分子科学賞2000年化学賞
2002年 第16回日本IBM科学賞
2005年 モレキュラー・キラリティー・アワード
2007年 Thomson Scientific Research Front Award 2007
2008年 平成19年度 高分子学会賞
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